二人の出会いは成城大学時代にさかのぼる。銀座の老舗名家の令嬢であった和枝さんと正和さんは、約2年の交際を経て1970年に結婚。当時、すでに若手俳優として頭角を現していた正和さんだったが、結婚を機に俳優としての独立心をより強固なものにしていった。
その屋台骨となったのが、個人事務所「新青企画」である。大手芸能プロダクションに頼りすぎることなく、自らの美学に合致する作品だけを厳選して出演するスタイルを貫けたのは、新青企画が正和さんの活動を完全にコントロールしていたからにほかならない。和枝さんは役員として名を連ね、経理やスケジュール管理、さらには外部からの接触を精査する防波堤として機能し続けた。
家庭内において、正和さんは台本をめくる姿すら家族に見せなかったと言われる。食事の管理から健康管理、過密な撮影スケジュールの調整に至るまで、和枝さんは夫が「田村正和」という唯一無二の偶像であり続けるための完璧なバックステージを作り上げていた。