逮捕後の捜査および公判において、犯人の精神状態や刑事責任能力が最大の焦点となった。複数の精神鑑定が実施された結果、元死刑囚には人格障害(パーソナリティ障害)が認められたものの、善悪の判断能力や行動制御能力は保たれており、完全な刑事責任能力があると結論づけられた。
公判中、元死刑囚は遺族や被害者に対して謝罪や反省の言葉を述べるどころか、暴言や不規則発言を繰り返し、傍聴席にいた遺族の心を幾度となく踏みにじった。2003年8月、大阪地裁は求刑通り死刑判決を言い渡し、被告本人が控訴を取り下げたことで死刑が確定した。
判決確定からわずか1年後の2004年9月14日、異例のスピードで死刑が執行された。この知らせを受けた遺族の間には、複雑な感情が渦巻いた。「罪を償わせる当然の帰結」と受け止める一方で、一度も真摯な反省や動機の解明がなされないまま命を絶たれたことに対し、「真相が永遠に闇に葬られてしまった」「死刑執行によって子どもが戻るわけではない」というやるせない憤りと虚しさが残ることとなった。