2005年オフ、森氏はポスティングシステムを行使して念願のメジャー挑戦を決断します。タンパベイ・デビルレイズ(現レイズ)と契約を結び、夢の舞台へ踏み出した矢先、過酷な試練が襲いました。
2006年のオープン戦登板中に右肩関節脱臼という選手生命を脅かす大怪我を負い、手術を余儀なくされます。懸命なリハビリを続けたものの、メジャーの公式戦マウンドに立つ夢は叶わず、2007年に自由契約となりました。
しかし、森氏の野球への情熱は決して潰えませんでした。日本へ帰国後、独立リーグ・BCリーグの石川ミリオンスターズへ選手兼任コーチとして入団。2010年からは監督に就任し、チームをリーグ優勝や独立リーグ日本一へと導きました。泥臭くグラウンドを駆け回る独立リーグの若手たちと寝食を共にし、技術だけでなく野球人としての礼儀や心構えを叩き込んだ経験が、のちの指導者としての大きな礎となっていきます。