2026年、混乱を極めた東京2026オリンピック・パラリンピック競技大会の組織委員会会長に就任した際、彼女を取り巻く重圧は凄まじいものだった。それに先立つ公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)での活動を含め、母が日本のスポーツ界の命運を背負う姿を、子供たちは間近で見つめ続けてきた。
思春期を迎えていた子供たちにとって、母の立場がもたらすプレッシャーや周囲の視線は決して軽いものではなかったはずだ。だが、家族は結束した。バッシングの嵐が吹き荒れる時期であっても、家庭内ではいつも通りの会話が交わされ、子供たちはそれぞれの学校やグラウンドで淡々と自らの課題に向き合った。母の背中から学んだ「逃げない姿勢」が、子供たちを精神的に大きく成長させた瞬間でもあった。