淡路恵子との泥沼の離婚劇を経て、1990年に錦之介は甲斐三枝と正式に再々婚しました。甲斐は錦之介より約15歳年下で、闘病期から舞台の付き人として錦之介を陰ながら支えていた女性でした。
世間からの激しいバッシングを浴びながらの再婚生活でしたが、二人に平穏な時間は長くは続きませんでした。再婚からわずか数年後の1990年代半ば、錦之介の体を再び病魔が蝕みます。診断結果は下咽頭癌(咽頭癌)でした。
かつて時代劇で天下を轟かせた美声の持ち主であった錦之介にとって、喉の癌は役者生命そのものを奪う過酷な宣告でした。手術により声を失う危機に直面しながらも、甲斐三枝は錦之介の食事管理から発声リハビリ、精神的ケアに至るまで、24時間態勢で看病に専念しました。
1997年3月10日、萬屋錦之介は下咽頭癌に伴う肺炎のため、入院先の順天堂大学医学部附属順天堂医院で息を引き取りました(享年64)。臨終の際、その手を固く握りしめていたのは甲斐三枝でした。当初は略奪と批判された甲斐でしたが、最後の瞬間まで名優を支え切ったその献身ぶりは、晩年の錦之介を知る関係者からも高く評価されることとなりました。