「バラエティ番組で雑談しているだけでサラリーマンの月収以上を稼ぐ」「クイズに答えているだけで高級外車が買える」といった感情は、芸能人がもらいすぎと言われる理由の筆頭に挙げられます。SNSやネット掲示板上でも、「庶民感覚から乖離しすぎている」「税金が投入される公共放送や、広告費が転嫁された商品を買っている消費者の目線から見れば不条理だ」といった厳しい指摘が後を絶ちません。
しかし、テレビ出演料の仕組みを紐解くと、私たちが画面で見ている「拘束時間」に対してお金が支払われているわけではないことが分かります。テレビ局がタレントに支払うギャラは、単純な労働対価ではなく「視聴覚アテンション(注目度)を集める権利」への対価です。民放キー局のゴールデン帯(19時〜22時)において、世帯・個人視聴率が1%変動するだけで、番組枠のスポンサー広告枠の価値は数千万円単位で動きます。制作側にとっては、1本100万円の出演料を支払ってでも、確実に視聴者とスポンサーを引き止められるタレントを起用するほうが、経済合理性に適っているという冷徹な計算が存在します。
さらに、番組出演はタレントにとって「巨大な広告塔」としての機能を果たしています。キー局の番組プロデューサーは次のように明かします。「実のところ、テレビ単体の出演料だけで莫大な富を築けるタレントはごく一部です。テレビで圧倒的な知名度と好感度を獲得し、後述する広告案件や大型タイアップへ繋げる導線として機能しています」。テレビ出演料の額面だけを切り取って労働時間で割る「時給換算」の視点こそが、視聴者に強烈な「もらいすぎ感」を抱かせる根本的な構造要因となっています。