日曜夕方の長寿番組『笑点』の大喜利コーナーを見れば明らかなように、座布団を巡る軽妙なやり取りの根底には常にダジャレが存在する。短時間で情景を浮かび上がらせ、老若男女を等しく脱力させるその破壊力は、日本の大衆文化における基盤だ。
吉本興業が築き上げた上方漫才の掛け合いでも、明石家さんまのようなトップランナーが魅せる絶妙な合いの手でも、音の重なりをフックにした即興の笑いは欠かせない。さらにSNS時代を席巻するデーブ・スペクターの鋭利すぎる連投ツイートは、時事問題と駄洒落を掛け合わせることで、批評性とユーモアを高次元で融合させている。
この潮流はデジタルプラットフォームでも加速している。NetflixやAmazon Prime Videoで配信される『HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル』のような極限の密室劇においてさえ、張り詰めた緊張を打破するのは突発的な言葉遊びだ。お笑い・エンターテインメント産業の最前線において、言語の音韻を巧みにずらす手法は、極上のスパイスとして機能し続けている。