40代を迎えてもなお独身を貫く松也ですが、本人のバラエティ番組での生々しい告白や関係者の証言を深く掘り下げると、単なる「遊び人」という言葉では片付けられない3つの構造的な理由が見えてきます。
1. 20歳で父が急逝――一門を背負い借金を返済した過酷な生い立ち
松也が結婚に対して慎重になる最大の原体験は、2005年に父・六代目尾上松助が59歳で急逝したことです。当時わずか20歳だった松也は、名門の御曹司のように後ろ盾があるわけではなく、父が遺した弟子たち(音羽屋一門)の生活と舞台の仕事を一人で背負うことになりました。
当時の特番インタビューや手記で語られた「父が亡くなった瞬間、仕事も激減し、多額の借金だけが残った」という告白の通り、20代の彼は恋愛を楽しむ余裕など一切なく、歌舞伎の自主公演『挑む』を立ち上げ、テレビのバラエティやミュージカルに必死で食らいつく日々を送りました。「自分が倒れたら一門全員が路頭に迷う」という極限の責任感が20代の青春期を支配していたため、婚期を大幅に逃す結果となったのです。
2. 異常なまでの生活のこだわりと「一人の時間」への執着
苦難を乗り越えて経済的・社会的な成功を収めた現在、逆に独身の障壁となっているのが彼の極端なライフスタイルとこだわりです。
『ダウンタウンなう』や『TOKIOカケル』などのトーク番組で本人が明かした実態によれば、松也は重度のスニーカーコレクター(数百足以上所有)であり、キャンドルマニアとしても知られています。自宅のリビングには足の踏み場もないほどスニーカーが並び、夜は部屋を真っ暗にして無数のキャンドルを灯しながら過ごすのが至福の時間だと語っています。
さらに「自分のテリトリーに他人が入ってくると落ち着かない」「休日は誰とも喋らず一人で過ごしたい」と公言しており、共同生活に対する心理的ハードルが極めて高い状態にあります。
3. 梨園の特殊性と「妻への負担」を知り尽くしている葛藤
自身が母・河合盛恵氏の苦労を間近で見て育ったからこそ、「自分の妻になる女性に同じ苦労を背負わせたくない」という葛藤がブレーキになっています。贔屓筋との付き合い、礼状書き、冠婚葬祭の段取りなど、梨園の妻には365日休みがありません。「生半可な気持ちで一般人や多忙な女優を巻き込めない」という優しさと責任感が、皮肉にも結婚への決断を鈍らせています。