渡辺謙の役者人生の原点は、1979年に名門「演劇集団 円」の研究生として入団したデビュー当時に遡ります。創設者の一人である芥川比呂志に強い影響を受け、厳しい演劇教育のなかで基礎を徹底的に叩き込まれた若き日の彼は、当時の日本人俳優としては極めて珍しい公称184cmの恵まれた長身と、見る者を射抜くような鋭利な眼光を兼ね備えていました。
舞台『下谷万年町物語』の主演オーディションで唐十郎の目に留まり、鮮烈な印象を残した渡辺謙は、すぐさま映像の世界へと活動の場を広げます。1984年のNHK大河ドラマ『山河燃ゆ』や映画『瀬戸内少年野球団』など、初期の昔のドラマ代表作において、早くも「あの鋭い眼差しを持つ美男子は誰だ」と業界関係者やファンの間で大きな話題を呼びました。単なる甘いマスクの二枚目にとどまらず、野性味と気品が同居した独特の佇まいは、昭和後期のエンタメ界において唯一無二の光を放っていたのです。
その才能と人気が一気に沸点へと達したのが、1987年に放送されたNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』でした。当時わずか27歳の若さで主役に大抜擢された渡辺謙は、奥州の覇者・伊達政宗の激情と繊細さを見事に体現。「梵天丸もかくありたい」の名台詞とともに日本中を席巻し、大河ドラマ歴代最高となる平均視聴率39.7%・最高視聴率47.8%(関東地区・ビデオリサーチ調べ)という空前絶後の大記録を樹立しました。隻眼の奥から放たれる狂気と気迫に満ちた表情は、お茶の間の女性ファンのみならず日本中の視聴者を熱狂させ、一躍トップスターの座を不動のものとしました。