「頭で考えている時間」が「実際の苦痛」を何倍にも膨らませてしまう現象は、現代の認知心理学や行動経済学の観点からも明確に裏付けられています。なぜ人間は、着手する前に過剰なブレーキをかけてしまうのでしょうか。
人間の脳には、進化の過程で獲得した「ネガティビティバイアス」と「損失回避バイアス」が根強く組み込まれています。太古の環境において、未知の茂みに飛び込む楽観主義者は捕食者に襲われるリスクが高く、最悪の事態を過剰に警戒する慎重な個体ほど生き残る確率が高かったためです。その結果、現代人が未知のタスクや大きな決断に直面した際、扁桃体が過剰に反応し、「予期不安」と呼ばれる巨大な精神的ストレスを発生させます。
心理学の臨床データや行動実験においても、「タスク着手前の主観的苦痛度」は「タスク実行中の実際の苦痛度」を平均して約40%から60%上回るという結果が繰り返し報告されています。人は「まだ起きていない未来の失敗」を想像するとき、脳内でドーパミンが減少し、コルチゾール(ストレスホルモン)が分泌されます。しかし、いざ手足を動かして作業を始めると、脳の側坐核が刺激されて「作業興奮」と呼ばれる集中状態に入り、不安を感じる余白そのものが消え去っていきます。
つまり、「案ずるより産むが易し」という数百年前のことわざは、人間の脳のバグとも言える認知の歪みを正確に見抜き、行動によるメンタルブロックの解除を促す極めて合理的な処方箋だったのです。