彼のキャリアを語るうえで絶対に外せないのが、2度のドラフト指名拒否という異例の選択だ。2006年に千葉ロッテマリーンズから4位指名を受けた際も、2008年に北海道日本ハムファイターズから4位指名を受けた際も、彼の決意は微塵も揺らがなかった。「巨人に入ってプレーする」。ただそれだけを目標に、社会人野球のホンダでバットを振り続けた。
周囲からは「プロ入りのチャンスを自ら捨てる愚行」「そこまでこだわる意味があるのか」と心ないバッシングを浴びることもあった。しかし、2009年のドラフト1位指名で念願の読売ジャイアンツのユニフォームを袖を通した瞬間、自らの初志を力づくで手繰り寄せた男の背中に、ファンはプロとしての「凄み」を見たのである。