アリサ・リウ選手の生い立ちを語る上で欠かせないのが、父親であるアーサー・リウ(Arthur Liu / 中国名:劉俊国)氏の劇的な経歴です。中国・四川省の農村出身であるアーサー氏は、名門・中山大学で法学を学んでいたエリート学生でした。しかし、1989年に発生した天安門事件において学生運動のリーダー格として民主化デモに参加したことで、中国政府から指名手配を受ける身となります。
身の危険を感じたアーサー氏は同年にアメリカへ政治亡命を果たしました。渡米当初は英語も話せず、皿洗いや清掃のアルバイトで食いつなぐ極貧生活を送りながら、オークランド大学を経て名門カリフォルニア大学ヘイスティングス・ロースクール(現・UC Law SF)で法学の学位を取得。猛勉強の末に司法試験に合格し、カリフォルニア州オークランドで自らの法律事務所を構える移民法専門の敏腕弁護士へと上り詰めました。
自らの力でアメリカンドリームを掴み取ったアーサー氏は、多忙な弁護士業務をこなしながら、シングルファーザーとしてアリサ選手をはじめとする子どもたちの送迎や食事作りを完璧にこなしました。毎朝4時台に起きて練習拠点へと車を走らせ、リンクサイドで仕事の書類に目を通しながら娘のスケートを支え続けた姿は、地元スケート関係者の間でも広く知られています。