フルコンタクト空手の歴史を一変させたと言っても過言ではない男、それが数見肇です。彼が頭角を現した1990年代前半、極真会館は数々の怪物たちがしのぎを削る群雄割拠の時代を迎えていました。
名伯楽・廣重毅師範率いる城南支部で鍛え上げられた数見肇の戦績は、まさに空前絶後です。1992年の第24回全日本空手道選手権大会で弱冠20歳にして初優勝を果たすと、翌年の第25回大会も連覇。その後も第28回、第29回、第30回と史上初となる全日本大会5度優勝の金字塔を打ち立てました。全世界空手道選手権大会でも第6回(1995年・八巻建志との同門決勝)と第7回(1999年・フランシスコ・フィリォとの延長死闘)で準優勝に輝いています。
彼の強さを象徴していたのが、相手の太ももを丸太でへし折るかのような右下段回し蹴り(重爆ローキック)でした。体重約100kgの巨体でありながら予備動作が極めて小さく、強烈な正拳突きや下突きで相手の意識を引きつけてから打ち込まれる下段回し蹴りは、何人もの強豪選手をリング上に崩れ落ちさせました。
1999年3月13日、総本山でおこなわれた百人組手は、その規格外の強さを決定づけました。所要時間3時間20分、相手を務める過酷な猛者たちを圧倒的な圧力で抑え込み、ダメージをほとんど感じさせない泰然自若とした姿で完遂。打たれ強さと一撃必殺の破壊力を両立させたその戦いぶりは、後進の空手家たちに「数見肇こそが極真史上最強ではないか」と確信させるに足る伝説となっています。