松山千春という表現者は、北海道・足寄町の大自然と、そこに生きる人々の喜怒哀楽を歌い続けてきた。彼の音楽の根底にあるのは、何ものにも媚びない誠実さと、弱き者を慈しむ心だ。
1970年代から80年代の激動期、多くのスターが私生活の切り売りを強いられる中で、千春は家庭という聖域を断固としてビジネスから切り離した。「俺が歌うのは世の中のためであり、家族を守るためだ」。その哲学があったからこそ、オフィス・ゲンキという城を構え、大手プロの圧力にも屈せず自らの意志で家族を守り抜くことができたのである。
松山千春という表現者は、北海道・足寄町の大自然と、そこに生きる人々の喜怒哀楽を歌い続けてきた。彼の音楽の根底にあるのは、何ものにも媚びない誠実さと、弱き者を慈しむ心だ。
1970年代から80年代の激動期、多くのスターが私生活の切り売りを強いられる中で、千春は家庭という聖域を断固としてビジネスから切り離した。「俺が歌うのは世の中のためであり、家族を守るためだ」。その哲学があったからこそ、オフィス・ゲンキという城を構え、大手プロの圧力にも屈せず自らの意志で家族を守り抜くことができたのである。