無気肺に関する相談やカルテ記録で際立って多いのが、「手術直後は普通に話せていたのに、数時間から翌日にかけて急激に酸素飽和度が落ちた」という訴えです。初期に自覚症状が出にくいにもかかわらず、術後に突然悪化する背景には、生体の代償機構と術後特有の生理的変化が深く関係しています。
軽度の無気肺であれば、人体の防衛反応として虚脱した領域の毛細血管が反射的に収縮(低酸素性肺血管収縮)し、正常な肺胞へ血液を迂回させるため、初期の血中酸素レベルは見かけ上保たれます。しかし、以下の「術後3大要因」が重なると虚脱範囲が一気に拡大し、代償限界を超えて急激な低酸素血症(SpO2低下)を招きます。
① 全身麻酔と筋弛緩薬による呼吸機能の低下
麻酔薬の影響により、気道粘膜の異物を体外へ押し出す「繊毛運動」が著しく麻痺します。さらに自発呼吸の深さが浅くなり、肺底部の肺胞を十分に広げる力(機能的残気量)が低下するため、痰が気道内に沈殿しやすくなります。
② 手術創の激痛に伴う「浅快呼吸」と咳嗽反射の抑制
開胸・開腹手術を受けた患者にとって、深く息を吸い込んだり強い咳をしたりする動作は、傷口に激痛を走らせます。患者が無意識に痛みを避けようと息を浅く小刻みに吸うようになると、肺の奥まで空気が届かず、気道内に溜まった分泌物を自力で吐き出すことが極めて困難になります。
③ 長時間の同一体位(仰臥位)による背側肺の虚脱
手術中から術後にかけて長時間あお向け(仰臥位)の姿勢が続くと、重力と内臓の重みによって背中側の肺組織が圧迫され続けます。これにより、背側の微小な無気肺が密かに拡大していきます。