昭和の大横綱・大鵬の真実!優勝32回と孫王鵬へ託された血脈の全貌

昭和の大横綱・大鵬の真実!優勝32回と孫王鵬へ託された血脈の全貌

昭和の大横綱・大鵬の真実!優勝32回と孫王鵬へ託された血脈の全貌の概要と注目ポイントをわかりやすく整理しました。

端正な顔立ちと白皙の肌から、現役時代は「角界のプリンス」とも称された大鵬ですが、その生い立ちは苛烈を極めるものでした。大鵬の父親とウクライナの血統は、歴史の激動そのものです。実父はロシア革命の混乱を逃れてサハリン(樺太)へ渡ったウクライナ人警察官のマルキャン・ボリシコ氏、母は日本人の納谷キヨ氏。大鵬は1940年、樺太敷香郡敷香町(現・ロシア領ポロナイスク)で誕生しました。

しかし1945年8月、ソ連軍の侵攻によって運命は暗転します。父はソ連当局によって強制収容され、家族は突如として引き裂かれました。母・キヨは大鵬ら幼子を連れ、引き揚げ船「小笠原丸」で稚内へ脱出。奇跡的に途中下船したことで難を逃れたものの、直後に同船は潜水艦の攻撃を受けて沈没するという、まさに紙一重の生還でした。

その後、北海道弟子屈町での極貧生活を余儀なくされ、ハーフであることへの偏見とも闘いながら、少年・納谷幸喜は逞しく育ちます。自著の手記でも「父親の記憶はおぼろげだが、背が高く力持ちだったと聞かされた。土俵の上でだけは誰にも文句を言わせない強さを手に入れたかった」と述懐しているように、異国の血と戦禍の試練が大鵬の鋼の精神力を育む原動力となったのです。

中村 さくら
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中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。