法的なハードルをクリアしたにもかかわらず、なぜ「終わった」という言説が根強く囁かれるのか。その背景には、現代のメディア環境とコンプライアンス基準の劇的な変化があります。
1つ目の理由は、公の場での説明責任(記者会見)が果たされていない点です。訴訟取り下げ時にコメントは発表されたものの、メディアを通じた直接の質疑応答は行われませんでした。これにより、一般視聴者やネットユーザーの間で「疑惑を完全に払拭できていない」という不信感が燻り続けることになりました。
2つ目は、民間放送局を支えるスポンサー企業の厳格なコンプライアンス意識です。グローバル基準での人権デューデリジェンスやブランドイメージを最優先するナショナルクライアントにとって、リスクのあるタレントの起用には極めて慎重にならざるを得ません。制作現場が熱望しても、営業サイドやスポンサーの承認が下りないという構造的な壁が存在します。
3つ目は、お笑い界の世代交代と構造変化です。松本氏の不在期間中、千鳥やかまいたちをはじめとする中堅・若手芸人たちがゴールデン帯の冠番組をしっかりと守り抜き、視聴率や配信再生数を維持しました。業界全体として「松本人志がいなくても成立するテレビ制作」の仕組みが完成してしまったことが、皮肉にも復帰への切迫感を薄れさせる要因となっています。