イタリア・フィレンツェでの修業を経て、10代後半から靴作りの道に入った彼が、一躍時の人となったのは人気番組『アナザースカイ』への出演がきっかけだった。端正なルックスと「平成の大横綱」の長男という血筋、そして手作業で靴を作り出す職人というギャップは、テレビ局にとって格好の被写体となった。芸能界からの熱烈なオファーが相次ぎ、フジテレビをはじめとする主要局の番組へ連日のように出演。彼の生活は一変した。
しかし、タレント活動の急増は、本業である靴製造業における「納期の遅れ」や「職人としての資質」を問う激しいメディアバッシングへと直結することになる。当時の状況について、関係者は「テレビ出演の過密スケジュールと、足型採取から完成まで数百時間を要する手仕事の板挟みになり、若き職人が悲鳴を上げていたのは事実」と語る。急激な露出の裏で生じた摩擦は、彼の意図を超えて「お騒がせタレント」のレッテルへとすり替わっていったのである。