華やかなスポットライトを浴びる美輪明宏ですが、その生い立ちと経歴は波乱と苦難の連続でした。1935年に長崎で生まれた美輪明宏は、10歳の時に爆心地から約4キロの地点で原子爆弾に被爆。九死に一生を得たものの、戦後の混乱の中で実家が倒産し、一家は困窮を極めました。
音楽家を志して15歳で単身上京し国立音大付属高校へ進学したものの、実家からの送金が途絶えて中退を余儀なくされます。所持金を失い、新宿駅の構内や地下道で段ボールにくるまって夜を明かす過酷なホームレス生活を経験しました。飢えと寒さに苛まれる極限状態にあっても気品と表現への情熱を失わなかった強靭な精神が、のちの圧倒的な人間力と慈愛の源泉となっています。