ネット上の情報では「虫歯さえ防げば歯は一生残る」という言説が散見されますが、これは医学的な誤解です。公益財団法人8020推進財団などの調査が明示するように、歯を失う原因と歯周病の経緯を辿ると、抜歯に至る原因の第1位は「歯周病(約37%)」であり、「虫歯(約29%)」を上回っています。
歯周病の恐ろしさは「サイレント・ディジーズ(静かなる病気)」と呼ばれる点にあります。初期段階では自覚症状がほとんどなく、歯ぐきからのわずかな出血やむずがゆさを放置している間に、歯周病菌が放出する毒素によって歯を支える歯槽骨が静かに溶かされていきます。ある日突然、歯がグラグラと揺れ動き、歯科医院に駆け込んだときには「すでに手遅れで骨が残っておらず、抜歯しかない」と告げられるケースが頻発しています。
もちろん、虫歯放置で抜歯に至るリスクも依然として深刻です。「削られるのが怖い」「忙しい」と痛みを市販の鎮痛薬でごまかしていると、歯髄(神経)が壊死して一時的に痛みが消え去ります。これを「治った」と勘違いして放置を続けると、根の先端に膿の袋(根尖病巣)が作られ、骨を破壊しながら激痛とともに顔面まで腫れ上がります。歯冠部が完全に崩壊して残根状態になれば、神経の治療(根管治療)すら不可能になり、外科的抜歯以外の選択肢は消滅します。
さらに見過ごせないのが、歯の本数と健康寿命の関連性です。東北大学や東京医科歯科大学(現・東京科学大学)などの疫学研究によれば、残存歯数が19本以下の高齢者は、20本以上保っている高齢者に比べて認知症の発症リスクが有意に高いことが判明しています。噛む刺激が三叉神経を通じて脳の海馬や前頭前野を活性化させるため、咀嚼能力の喪失は脳機能低下に直結します。加えて、噛めないことによる栄養の偏り(タンパク質や野菜不足)が筋力低下(サルコペニア)や要介護状態を招く「オーラルフレイル(口の虚弱)」の連鎖は、健康長寿社会における最大の脅威として指摘されています。