4年2組を語る上で避けて通れないのが、相次ぐメンバーの離脱とユニットの活動休止に至るプロセスです。なぜ熱狂的なファン層を抱えながら、歩みを止めざるを得なかったのでしょうか。取材と当時の発言記録から、決定的な要因は大きく3点に集約されます。
第一に、年間数百本にも及ぶ過酷な路上ライブがもたらした身体的・精神的摩耗です。彼らのトレードマークであった「雨の日も風の日も路上で歌い、CDを手売りする」という泥臭い営業スタイルは、喉や体力を極限まで削るものでした。公の場での発言や当時のブログ記事からも、声帯の不調や慢性的な疲労に悩まされていた様子が窺えます。
第二に、音楽的ビジョンと活動ペースの不一致です。常に前進と拡大を求め、武道館という巨大な目標へ向けてアクセルを踏み続けたいゆうきに対し、アーティストとしての表現の深みや私生活とのバランスを模索したかんなとの間で、活動に対する熱量のグラデーションが生じていきました。
第三に、ストリートライブを取り巻く法的・環境的な規制強化です。警視庁による道路交通法適用の厳格化に伴い、従来のような「駅前でゲリラ的に人を集める」というプロモーション手法そのものが持続困難になったことも、ユニットの活動形態を見直す大きな引き金となりました。