益岡徹の人物像を語る上で欠かせないのが、そのルーツと若き日の過酷な修行時代です。ネット上では「実家が名家でエリート街道を歩んできた」「二世俳優ではないか」といった誤った噂が散見されますが、実際は自らの実力一本で道を切り拓いてきた叩き上げの俳優です。
益岡徹は1956年8月23日、山口県下関市に生まれました。地元の高校を卒業後、早稲田大学商学部に進学。しかし、演劇への情熱を抑えきれず大学を中退し、名優・仲代達矢が主宰する伝説の俳優養成所「無名塾」の門を叩きます(4期生)。同期には役所広司らがおり、朝から晩まで発声、日本舞踊、狂言、殺陣を叩き込まれる過酷な環境で徹底的に基礎を叩き込まれました。
「無名塾時代の教えが、どんな役を演じるときも自分を支える背骨になっている」と当時のインタビューで語っていた通り、名匠・伊丹十三監督に見出された映画『マルサの女』(1987年)での端正かつ切れ味鋭い演技は、まさに無名塾で培われたリアリズムの結晶でした。決して順風満帆なエリートコースではなく、泥臭い修行と研鑽によって築き上げられたキャリアです。