黒澤明が温めていた『生きたメキシコ』の構想は、彼の輝かしいキャリアの中でも極めて異質な光を放っている。当時、国外での長期ロケは資金面・技術面ともに天文学的なリスクを伴うものだった。にもかかわらず、黒澤が描いたプロットには、メキシコの苛烈な風土と力強く生きる人々の姿が克明に記されていた。残された未公開の脚本断片やメモを読み解くと、彼が求めたのは単なる観光的な風景ではなく、生と死が背中合わせに存在する人間の生々しいエネルギッシュさだったことがよく分かる。
しかし、この超大作構想は突如として頓挫することになる。製作中止の最大の裏側には、スタジオ側の財政的困窮と海外撮影に伴う政治的・ロジスティックな壁が存在した。膨らみ続ける予算の見通しに対し、出資企業が二の足を踏んだのは当然の成り行きでもあった。黒澤自身の完璧主義ゆえの譲れない妥協点が、結果として企画そのものを凍結へと追い込んだのだ。2026年の最新の研究考察によれば、もしこの作品が完成していたら、世界の映画表現の歴史は10年以上早く塗り替えられていたと言われている。