柴田英嗣が芸能活動を突如休止したのは2010年1月末のことでした。当時、所属事務所であるプロダクション人力舎からは「体調不良」「急性上気道炎」と発表されたものの、休業期間が1年間に及んだことから、週刊誌やネット掲示板では「逮捕されたのではないか」「暴力団関係のトラブルか」「不治の病ではないか」といった根拠のない憶測やデマが飛び交う事態となりました。
しかし、後に柴田本人が情報番組やバラエティ番組で赤裸々に告白した事実によると、休業の決定的な引き金となったのは過去の交際女性との金銭・女性トラブルでした。女性側からの申し立てにより警察の事情聴取を受ける事態にまで発展したものの、警察の捜査の結果、柴田の違法行為は一切認められず、完全な冤罪であることが証明されました。しかし、当時の所属事務所は「警察沙汰に巻き込まれ、タレントとしてのコンプライアンス管理を怠った」という重いペナルティとして、柴田に対して約1年間の芸能活動謹慎処分を下したというのが事の真相です。
さらに柴田を巡っては、2015年に前妻との離婚が成立した直後、2016年に元妻とミュージシャン・ファンキー加藤のダブル不倫・妊娠騒動が公となり、日本中に衝撃を与えました。この際、柴田は元妻や相手方を感情的に責め立てることなく、メディアの直撃取材に対しても終始冷静かつユーモアを交えて対応し、元妻が生んだ子供も含めて支援していく姿勢を見せました。この類まれな誠実さと器の大きさが世間の好感度を劇的に押し上げ、後の完全復活を後押しする決定的な転機となったのです。