浪川会の歴史を語る上で、浪川政浩総裁の存在と道仁会との血脈を抜きにすることはできない。2006年、道仁会の跡目争いを引き金に結成された「九州誠道会」。それが現在の浪川会の源流である。久留米、大牟田、佐賀、福岡を巻き込み、一般市民を巻き込む悲惨な銃撃事件が相次いだあの泥沼の分裂抗争は、日本の裏社会史における最も苛烈な局面の一つとして記憶されている。
双方が「特定抗争指定暴力団」に指定され、事務所の使用禁止や多人数での集合が厳罰化されたことで、抗争は終結宣言へと向かった。その後、改称を経て現在に至る浪川会だが、浪川政浩というカリスマ的トップが放つ求心力は依然として強い。彼は単なる武闘派の頭目にとどまらず、国内外に独自のパイプを持つ実業家肌のフィクサーとしてもその名を轟かせてきた。過去の凄惨な血の歴史を背負いながら、組織がいかにして生き残りを図ってきたのか。その歩みそのものが、九州やくざ社会の変遷を如実に物語っている。