だが、栄光の季節は永遠には続かなかった。1980年代以降、彼の名前は音楽番組ではなく、金銭トラブルや巨額の投資計画、そして「黄金のハサミ」にまつわるビジネス騒動といった不穏なニュースとともに報じられるようになる。海外での巨大コンサートホール建設計画などが頓挫する中、彼は次第にテレビメディアから距離を置き、やがて忽然と表舞台から姿を消した。
「彼はとにかくスケールが大きすぎた。周囲が追いつけないほどの壮大な夢を常に語っていたが、その純粋さと頑固さが、複雑な興行ビジネスの中で仇となってしまったのではないか」──当時を知る古参の音楽プロデューサーは、遠い目をしながらそう回顧する。妥協を嫌う孤高のプライドが、彼自身を芸能界の表舞台から遠ざける結果になったと見る関係者は少なくない。晩年の動向については様々な憶測が飛び交ったが、本人が自らの口で過去を弁明することはほとんどなかった。