肉吸いを語る上で避けて通れないのが、サイドメニューとの絶妙なアンサンブルだ。常連たちが符丁のように発する「豆腐入り」「小玉(こたま)」という言葉には、長年かけて培われた合理的な快楽の法則が詰まっている。
丼の底に忍ばせた絹ごし豆腐が、熱々の肉出汁をたっぷりと吸い込み、ふわりと崩れる瞬間の心地よさ。そして、主食の穴を埋めるのは他でもない「玉子かけご飯(TKG)」だ。専用の出汁醤油を垂らし、黄身を崩した白米を頬張り、すかさず肉吸いの汁を流し込む。米の甘み、生の卵黄のコク、そして出汁の塩気が口内で完璧な三位一体を成す。
炭水化物を抜いておきながら、結局は米を頼んでしまう。この矛盾こそが人間臭く、気取らない大阪の食卓そのものだ。計算されたヘルシーさなど端から目指していない。ただ「旨いものを、一番旨い食い方で腹に収める」という剥き出しの欲求が、この組み合わせを完成させた。