岩下志麻の美貌を語る上で欠かせないのが、日本一と称された「着物姿」の美しさと、夫である映画監督・篠田正浩との盟友関係です。映画関係者の取材資料によると、彼女の和装における身のこなし、首筋から背中にかけての流れるような立ち居振る舞いは、日本舞踊や茶道の徹底した所作指導を血肉化したものと証言されています。
1967年、人気絶頂期にあった彼女は松竹の気鋭監督であった篠田正浩と結婚。京都の神社で執り行われた挙式は当時大きな話題を呼びました。二人は単なる夫婦にとどまらず、映画製作会社「表現社」を設立し、大手映画会社の商業主義から飛び出す形で作家主義の傑作を連発していきます。『心中天網島』(1969年)、『無頼漢』(1970年)、『はなれ瞽女おりん』(1977年)など、篠田監督が切り取った岩下志麻の陰影に富んだ美しさは、国内外の映画祭で極めて高い評価を獲得しました。
会社の敷いたレールに甘んじることなく、過酷な独立プロの現場で芸術性を極めようとした決断。その自立した魂が、彼女の顔立ちに他者には真似のできない「強い意志の輝き」を刻み込んでいったのです。