結婚と引き換えに、2人が支払った代償は極めて大きいものでした。特に内村光良に対しては、テレビ朝日への出演が完全に途絶えるという事実上の「出禁」措置が取られることになります。
この出禁の背景には、テレビ朝日社内の複雑な人間関係がありました。徳永アナの元夫が同局の制作現場に所属する社員であり、社内における同情論や幹部の怒りが非常に強かったためです。看板芸人が局員の妻と関係を持ち退社にまで至ったことは、当時の局上層部にとって看過できない事態でした。
この騒動の煽りを受け、カルト的な人気を誇っていた『内村プロデュース』も2005年9月に惜しまれつつレギュラー放送を終了。以降、内村光良がテレビ朝日のスタジオに足を踏み入れることは、特番などの極めて限定的な機会を除き、10年以上の長きにわたって完全に凍結されることとなりました。
民放他局やNHKで着実に実績を積み重ね、『世界の果てまでイッテQ!』や『LIFE!〜人生に捧げるコント〜』、さらには紅白歌合戦の司会など国民的司会者としての地位を確立していった内村ですが、テレビ朝日との間には長年深い溝が存在し続けていたのです。