1999年にリリースされた『LOVEマシーン』のミリオンセラー達成により、グループを取り巻く環境は一夜にして激変した。日本中が彼女たちの歌声とダンスに酔いしれ、街にはメロディが溢れかえった。しかし、狂乱の旋風が大きくなればなるほど、現場にかかるプレッシャーもまた常軌を逸したものとなっていった。2001年に初代リーダーの中澤裕子が卒業すると、飯田圭織が2代目リーダーの大役を引き継ぐことになる。
「当時は睡眠時間が3時間に満たない日もしばしばで、移動の車内だけが唯一息を抜ける場所だった」。後に語られたその言葉通り、個性豊かなメンバーをまとめ上げながら、J-POPシーンの頂点を維持し続ける重責は計り知れない。スタジオの裏で一人涙を流しながらも、カメラの前では常に太陽のような笑顔を貫いた。過密スケジュールと世間の過剰な注目に晒されながらも、彼女はグループの屋台骨としてブレることなく立ち続けたのだ。