表現のアップデートが進む一方で、制作現場からは「何もできなくなった」という嘆きも聞こえてくる。過度なコンプライアンス意識が、作り手の萎縮を招いているという指摘だ。少しでも批判の余地がある表現をあらかじめ排除する「事前の自己規制」が横行すれば、テレビはますます退屈なものになってしまう。
重要なのは、表現をただ禁止することではない。なぜその表現が問題なのかを理解し、ステレオタイプに頼らない新しい笑いのアプローチを開拓することだ。安易な逃げ道としての差別表現を捨てることで、初めてクリエイティビティは真に試されることになる。