住環境における豪族と農民の身分格差の真相は、遺跡の規模を見れば一目瞭然です。庶民の住まいは、地面を数十センチ掘り下げて柱を立てた一辺4〜6メートルほどの「竪穴住居」でした。屋根は茅葺きで、窓はなく、室内は昼間でも薄暗い土間空間でした。
しかし、5世紀頃に朝鮮半島から「カマド」が導入されたことで、庶民の住環境には劇的な変化が訪れます。それまで住居中央の炉で火を焚いていたため煙が充満していましたが、壁面に煙突付きのカマドを設置することで、熱効率の向上と室内の空気改善が同時に達成されました。
これに対し、地域の支配者である豪族は「豪族居館」と呼ばれる広大な邸宅に住んでいました。居館は頑丈な板塀や深い堀、柵で厳重に囲まれ、敷地内には何棟もの大型掘立柱建物や高床式倉庫が整然と配置されていました。プライベート空間と公的な政務・祭祀空間が明確に分離されており、庶民の掘立小屋とは比較にならない権勢を誇示していたのです。