『ゴールデンカムイ』の作中で、圧倒的な脅威かつ畏敬の対象として幾度も杉元たちの前に立ちふさがるのがヒグマです。アイヌ民族はヒグマをキムンカムイ(山の神)と呼び、最も格式の高い神の一柱として特別な敬意を払ってきました。
山奥に住まうキムンカムイが里に降りてくるのは、「人間の作った酒やイナウを受け取り、自らの毛皮と肉を土産として人間に贈るため」と解釈されます。そのため、仕留めたヒグマの肉を感謝していただき、その魂を盛大な儀礼で天の国へ送り返すイオマンテ(熊送り)は、アイヌ文化における最高峰の神事と位置づけられています。
しかし、すべてのヒグマが無条件に崇められるわけではありません。作中でも描かれたように、一度でも人間を食い殺したヒグマは、もはや神ではなくウェンカムイ(悪神・悪いカムイ)へと転落します。
ウェンカムイとなった熊は、毛皮も肉も利用されず、魂を天へ送る儀礼も一切行われません。ただ徹底的に追いつめられて駆除され、その死体は打ち捨てられます。自然の恵みをもたらす神聖な存在であっても、共生のルールを破って人間社会を脅かしたものは容赦なく排除するという厳格な境界線に、アイヌ民族が培ってきた過酷な自然環境へのリアリズムが息づいています。