「祝詞は魔法の呪文ではありません」と、都内のある神社の神職はため息をつく。彼らが懸念しているのは、大祓詞が「個人の願望を叶えるためのツール」として矮小化されている現状だ。
大祓詞の本質は、個人の利益ではなく、国家や社会全体の罪や穢れを祓い清めることにある。それを「宝くじを当てたい」「嫌いな人を遠ざけたい」といった極めて個人的かつ利己的な欲望を抱いたまま唱えることは、祝詞が持つ本来の波長と著しく乖離する。この「心のズレ」こそが、精神的な不調や違和感を引き起こす最大の原因であると、伝統的な立場からは説明される。