渡辺真起子のキャリアを語る上で欠かせないのが、日本インディペンデント映画および国内外のアートハウス映画への深い愛情と貢献だ。製作費の大小や興行規模に囚われることなく、監督のビジョンに共鳴すれば果敢にインディーズ作品へ飛び込む彼女の姿勢は、若手クリエイターたちにとって長年ひとつの指標であり続けている。
映画監督たちにとって、彼女は単なる「出演者」ではない。現場の空気を引き締め、表現の限界値を押し広げてくれる表現の共同共犯者だ。時に裸体を晒し、時に泥臭い日常を生きる彼女の肉体性は、日本の作家主義映画が商業主義に埋没しないための強固な砦となってきた。