エッシャーが最初からこの奇怪な幾何学の世界に身を捧げていたわけではありません。1898年、オランダのレーワルデンで土木技術者の末男として生まれたマウリッツ・エッシャーは、厳格な父親の意向に従ってハールレム建築装飾美術学校で建築を学び始めました。しかし、版画教師サミュエル・イェスルン・デ・メスキータとの運命的な出会いによって版画の才能を見出され、建築から装飾美術・木版画の道へと舵を切ることになります。
若き日のエッシャーは、南イタリアやシチリアを旅しながら、険しい岩肌に建つ山岳都市や教会建築を克明にスケッチする風景版画家でした。その作風を根底から覆した決定的な転機が、1936年のスペイン・グラナダにあるアルハンブラ宮殿への再訪です。
イスラム建築の粋を集めたアルハンブラ宮殿の壁面を埋め尽くす幾何学的なモザイクタイル。偶像崇拝を禁じるイスラム教の精神性から生まれたこのアラベスク模様に、エッシャーは魂を奪われました。何日も宮殿に籠り、模様を写し取った彼は、帰国後に「テセレーション(Tessellation:平面充填)」の研究に没頭します。
平面充填とは、幾何学的図形や動物などのモチーフを、隙間なく、かつ重なり合うことなく平面上に敷き詰める技法です。イスラム美術が純粋な幾何学模様にとどまっていたのに対し、エッシャーの天才性は「魚」「鳥」「トカゲ」「人間」といった有機的な生命体へと平面充填を拡張させた点にありました。初期の習作から代表作『変容(メタモルフォーゼ)』へと至る過程で、幾何学模様が徐々に生命を帯び、空へ飛び立つ鳥へと変化していく視覚的ドラマは、現在も数学界の最高峰カンファレンスで幾何学構造の教材として引用されています。