松たか子の表情の魅力を語る上で欠かせないのが、ドラマの役作りと計算し尽くされた口元の演技です。歌舞伎の名門・松本幸四郎家の血筋を引き、幼少期から伝統芸能や舞台演劇の所作に触れてきた彼女は、顔全体の筋肉を使って感情の機微を表現する卓越した技術を持っています。
心理学において、完全な左右対称の笑顔(シンメトリー・スマイル)は「整ってはいるが無機質・冷たい」印象を与えることがあるのに対し、わずかに左右差のあるアシンメトリーな笑顔は「人間味、哀愁、奥ゆかしさ」を強く想起させると言われています。松たか子が演じるキャラクターの多くは、単なる記号的なヒロインではなく、心に葛藤や複雑な事情を抱えた立体的な人物です。
例えば『カルテット』で見せた、笑っていながらもどこか底知れぬ影を漂わせる口角の微細なコントロールは、彼女ならではの職人芸でした。言葉では嘘をついていても、口元の微かな震えや引き攣りで本音を観客に悟らせる——この身体表現の緻密さこそが、多くのクリエイターや映画監督が彼女を熱望する最大の理由です。