過ぎたるは及ばざるが如し」の本当の意味とは?失敗を防ぐ使い方を徹底解説

過ぎたるは及ばざるが如し」の本当の意味とは?失敗を防ぐ使い方を徹底解説

過ぎたるは及ばざるが如し」の本当の意味とは?失敗を防ぐ使い方を徹底解説について押さえておきたい 事実を分かりやすい構成で解説いたします。

「過ぎたるは及ばざるが如し」の基本的な意味は、「度が過ぎていることは、足りないことと同じくらい良くない」という戒めです。「如し(ごとし)」は「〜のようだ」「〜と同等である」を表すため、「やりすぎは不足と同じく望ましくない」というイコール関係を示しています。

この言葉の由来は、古代中国の思想家・孔子(紀元前552年〜紀元前479年)とその弟子たちの言行をまとめた古典『論語』の「先進篇(せんしんへん)」にあります。当時の対話の様子を漢文と書き下し文で確認すると、孔子の意図がより立体的に見えてきます。

【漢文・原文】
子貢問、「師與商也孰賢。」
子曰、「師也過、商也不及。」
曰、「然則師愈與。」
子曰、「過猶不及。」

【書き下し文】
子貢(しこう)問う、「師(し)と商(しょう)とは孰(いず)れか賢(まさ)れる。」
子曰く、「師や過ぎたり、商や及ばず。」
曰く、「然(しか)らば則(すなわ)ち師は愈(まさ)れるか。」
子曰く、「過ぎたるは猶(な)お及ばざるが如し。」

【現代語訳・背景の解説】
孔子の弟子である子貢が、「子張(名は師)と子夏(名は商)では、どちらが優れていますか」と尋ねました。孔子は「子張は行き過ぎる傾向があり、子夏は慎重すぎて物足りないところがある」と答えました。それを聞いた子貢が「それなら行き過ぎる子張のほうが優れているのですか」と重ねて問うたところ、孔子は「行き過ぎているのは、及ばないのと全く同じである(過猶不及)」と諭したのです。

当時の弟子たちの間でも、「足りないよりは積極的で前に出すぎるほうがマシではないか」というバイアスが存在していました。しかし孔子は、どちらも「適切(適度)なバランス」を欠いている点において等しく未熟であると断じたのです。

山口 彩花
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山口 彩花

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。