松重豊にとって、井之頭五郎という役はあまりにも大きくなりすぎた。元々はバイプレイヤーとして、強面なヤクザ役から実直なサラリーマンまで幅広く演じ分ける実力派俳優である。それが今や、街を歩けば「五郎さん」と声をかけられる。役者としてのアイデンティティが、一つのキャラクターに完全に浸食されてしまったことへの戸惑いは想像に難くない。
「ただ飯を食っているだけなのに、なぜこんなに評価されるのか分からない」。松重はインタビューで度々そう語ってきた。役作りとしてのクリエイティビティを発揮しにくい「食事シーンの連続」に、表現者としての乾きを感じていた時期もあったという。その葛藤こそが、「辞めたい」という言葉の裏にある本質的な理由の一つだ。