丼が運ばれてきた刹那、空気の色が変わる。立ち上るのは、一般的な日本の担々麺にあるような甘やかな芝麻醤の香りではない。四川料理の神髄たる「麻(マー)」の痺れと「辣(ラー)」の辛味が拮抗する、極めて純度の高いスパイスの芳香だ。
自家製辣油は八角や桂皮など幾重もの香辛料をじっくり低温で煮出して抽出されたもの。口に含むと、まず重厚なコクが広がり、コンマ数秒遅れて痺れが舌全体を心地よく麻痺させる。だが、決して暴力的ではない。辛さの奥底に確固たる旨味の土台が存在するからこそ、レンゲと箸を動かす手が止まらなくなるのだ。