未曾有の津波災害は、日本の法医学体制が抱える脆弱性を容赦なく浮き彫りにした。日本法医学会の重鎮であり、被災地での検案活動に奔走した千葉大学の岩瀬博太郎教授らは、当時直面した壮絶な医療資源の逼迫と限界を幾度となく証言している。
検視官や法医学者が絶対的に不足する中、体育館などの仮安置所には次々と遺体が運び込まれた。死因の特定や身元照合を迅速に行わなければ、衛生環境の悪化や遺体の損傷が進んでしまう。極限状況下で「見落としは許されない」という重圧を背負いながら、医師たちは冷え切った床で遺体検案書を書き続けた。
この過酷な経験は、平時における法医解剖体制の脆弱さに対する警鐘となった。死因究明体制の強化や、大規模災害時における全国規模の専門家即応ネットワーク(DVI:災害時死者身元特定)の構築という教訓は、現在の大規模災害対策の骨格へと確実に組み込まれている。