中森明穂さんは1966年10月12日、東京都清瀬市の中森家に生まれました。6人兄弟姉妹(三男三女)の末っ子として育ち、5番目の三女であった中森明菜さんとは1歳差の年子という非常に近い間柄でした。幼少期は決して裕福ではなかったものの、家族仲良く歌や芸能に親しむ環境で成長したと伝えられています。
1982年に姉の明菜さんが『スローモーション』で鮮烈なデビューを飾り、瞬く間にトップアイドルへ駆け上がると、妹である明穂さんの周囲も一変します。姉の背中を追うように芸能界入りを果たした明穂さんは、1980年代半ばから女優やタレントとして本格的な活動を開始しました。
彼女の代表作として広く知られているのが、TBS系の人気学園ドラマ『毎度おさわがせします』第3シリーズ(1987年放送)です。思春期の性をコミカルかつ赤裸々に描いて社会現象を巻き起こした同シリーズにおいて、明穂さんはフレッシュな存在感を発揮。その他にもバラエティ番組やグラビアなどに出演し、「中森明菜の妹」という肩書を超えた独自のタレント性を開花させつつありました。
しかし、活動が軌道に乗り始めた矢先の1987年、明穂さんは不慮の交通事故に遭い、足に大怪我を負ってしまいます。長期の入院とリハビリを余儀なくされ、予定されていた仕事のキャンセルが相次いだことで、彼女のキャリアは思わぬ暗転を迎えることとなりました。