小平事件の現場は、東京都大田区の山林、芝区(現・港区)の防空壕跡、品川区、さらには栃木県日光の山中に至るまで広範囲に及んでいました。それぞれの現場検証では白骨化した遺体が次々と掘り起こされ、現場に同行した新聞記者や群衆は激しい怒りの声を上げました。
一方で、小平事件の真相には現在も多くの謎が残されています。小平は取り調べ初期に「12人以上を殺害した」と自白していたものの、確たる遺体や物証が見つからなかった事件については立件が見送られました。また、戦前の中国戦線での行動履歴や、国内での余罪については裏付けが困難なものが多く、全容が完全に解明されたとは言えません。
当時の混乱した社会状況が生み出した「記録の不完全さ」が、この事件を今なおミステリアスかつ不気味な歴史の闇として留め置いています。