1999年の春。沖縄尚学が沖縄県勢として初の選抜優勝を果たした時、マウンドで歓喜の輪の中心にいたのが比嘉公也だった。しかし、その輝かしい栄光の裏には、怪我との凄惨な戦いがあった。大学・社会人時代を経て、25歳の若さで母校の指揮官に就任。当時、多くの周囲は懐疑的な目を向けた。
若き指導者を突き動かしたのは、自身が味わった絶望と挫折の経験だった。「選手に同じ思いをさせたくない」。就任からわずか2年後の2008年春、再び甲子園の頂点へ。選手として、そして監督として紫紺の優勝旗を抱いた男の言葉には、何物にも代えがたい圧倒的なリアリティが宿る。過去の栄光に甘んじることなく、時代に合わせたアップデートを重ねる姿勢がここにある。