本作が世に出たのは1971年、『週刊漫画サンデー』誌上でした。当時、すでに国民的漫画家としての地位を確立していた水木しげるが、突如として海外の独裁者を題材にした評伝漫画を手がけた背景には、自身の生い立ちと戦争体験に根ざした強い動機が存在します。
水木自身、青年期は美術学校で絵画を学びながらも画家としては芽が出ず、貧困と挫折を味わいました。その後、召集されたラバウル戦線で爆撃を受け左腕を失い、多くの戦友の戦死を目の当たりにしています。ウィーンの美術アカデミー受験に失敗し、絵葉書売りや浮浪者同然の生活を送っていた若き日のヒットラーの姿に、水木はかつての自分自身の挫折と鬱屈を重ね合わせていました。
戦後日本において「絶対悪」として記号化されていたヒットラーを、水木はあえて「才能に恵まれなかった平凡な男が、時代の熱狂に押し上げられて怪物になってしまった悲劇」として捉え直しました。人間が持つ弱さや情けなさ、そして誰もが独裁者の熱狂に巻き込まれ得る危うさを描くことこそ、水木しげるが戦争漫画を通じて生涯問い続けたテーマの根幹だったといえます。