リリースされた『バス通り』は、オリコン週間チャート最高65位、累計売上約2.6万枚という結果に終わります。スマッシュヒットの足がかりにはなったものの、決して満足のいく商業的成功とは言えませんでした。それ以上にメンバーを苦しめたのは、「フォーク調の大人しいバンド」というレッテルが世間に定着しそうになったことでした。
ライブハウスや学園祭に出演しても、客席が求めるのはアコースティックなフォークナンバー。この状況を打破すべく、甲斐よしひろは背水の陣を敷き、わずか半年後の1975年6月5日にセカンドシングル『裏切りの街角』をリリースします。哀愁を帯びたメロディにウェットなロックサウンドを融合させたこの楽曲は、オリコン7位まで駆け上がり、75万枚を超える大ヒットを記録。甲斐バンドの名は一気に全国区へと轟きました。
『裏切りの街角』の成功によってロックバンドとしての市民権を獲得した甲斐バンドは、以後のライブ演出において徹底してロック色を前面に押し出すようになります。その過程で、「意図しないフォーク路線を象徴する過去」となってしまった『バス通り』は、セットリストから次第に外され、長年にわたって頑なに歌われない「封印されたデビュー曲」となっていったのです。