インターネット上の議論で頻繁に見受けられるのが、「三井寿は高校卒業後、バスケを引退したのではないか」「学力不足で大学進学を諦めたのではないか」という憶測です。しかし、原作コミックスの描写および公式の続編資料を紐解くと、事実はまったく異なります。
全国大会(インターハイ)で山王工業を破る歴史的快挙を成し遂げた後、3年生の赤木剛憲と小暮公延は学業(大学受験)に専念するため部活を引退しました。しかし、三井寿ただ一人は冬の選抜大会(ウインターカップ)に向けてチームに残留する決断を下します。その理由は非常に泥臭く、現実的なものでした。2年間の不良生活で学業成績が完全に赤点水準だった三井には、一般入試で大学に進学する学力が残されておらず、「ウインターカップで大活躍し、大学のスカウトの目に留まってスポーツ推薦枠を勝ち取る」ことしか、自らの道を切り拓く術がなかったためです。
2004年に井上雄彦氏が神奈川県立三崎高校の黒板に描いた後日談『SLAM DUNK 10 DAYS AFTER(あれから10日後-)』では、その後の三井寿の知られざる日常がリアルに描写されています。彼は毎朝誰よりも早く体育館に現れて猛練習を重ねる傍ら、英単語の暗記カードを片手に赤木への愚痴をこぼしていました。「赤木の奴…引退しやがって…推薦が決まったからって…」。
大学バスケ界の基準に照らし合わせても、身長184cmでインサイドの競り合いにも強く、何より全国最強の山王工業を相手に8本中8本(うち1本は4点プレー)のスリーポイントを沈めたシューターを、大学のスカウトが見逃すはずがありません。関東大学バスケットボール連盟の1部・2部リーグのいずれかの強豪校から声がかかり、大学でも競技を継続したと推測するのが最も論理的です。自らの過去の怠惰を自覚し、格好悪さを晒しながらも最後まであがき続ける姿にこそ、三井寿の真骨頂があります。