音楽のみならず、漫画表現の世界においても「雨のち晴れ」をタイトルに据えた傑作が存在します。漫画家・びっけが2008年から2014年にかけて『月刊コミックブレイド』で連載した全8巻のコミック『あめのちはれ』は、その独創的なプロットと繊細な心理描写で熱狂的なファンを獲得しました。
本作の基本設定は極めて特異です。全寮制の男子校・天乃原学園高等部に入学した主人公の雨谷蓮をはじめとする5人の男子生徒が、開校記念日の奇妙な雨を境に「雨が降ると女子の身体に変貌してしまう」という謎の体質に見舞われます。コメディ的なドタバタに終始しがちなTS(性転換)ジャンルでありながら、びっけが執拗に描いたのは、急激に変容する自己の身体に対する恐怖、同性・異性への揺らぐ恋愛感情、そして誰にも言えない秘密を共有する少年たちの脆い共犯関係でした。
多くの読者が息を呑んだ最終回・結末のネタバレにおける核心は、この不可解な現象にどのような決着がつけられたのかという点に集約されます。物語のクライマックスにおいて、彼らを縛りつけていた女性化の現象は、医学的な解明や魔法の解呪といった安易なオカルト的手法ではなく、「少年たちが自らのアイデンティティと向き合い、モラトリアム(大人になる前の猶予期間)を脱したこと」と連動して終息を迎えます。
雨が降っても身体が変貌しなくなった日、彼らはかつて共有した奇妙な共同生活と女性としての記憶を抱えたまま、それぞれの進路へと旅立っていきます。タイトルが平仮名の『あめのちはれ』と表記されていた真の理由は、男と女、大人と子ども、晴れと雨という二項対立の間に存在する「あわい(境界)」の揺らぎを優しく包み込むためでした。ジェンダーや自己肯定感の揺らぎが本格的な議論を呼ぶようになった現代の視点から読み直しても、極めて先駆的なメッセージ性を孕んでいたことが分かります。