ネット上の情報空間では、エベレストや高山に関する極端な誇張や誤認がしばしば散見されます。その代表例が「エベレストは商業化されたから、体力さえあれば誰でもハイキング感覚で登れる」という言説です。この認識は、海抜8,000mを超える環境が持つ生理学的な破壊力を完全に無視した致命的な誤解と言わざるを得ません。
日本最高峰である富士山(3,776m)と比較すると、そのスケールの差は歴然としています。エベレストと富士山との標高差は約5,072mに達します。富士山の頂上に立った登山者が目にする雲海のはるか上空、旅客機が巡航飛行を行う高度(約9,000m付近)にエベレストの頂が存在するのです。海抜8,000mを超えると大気中の酸素濃度は地表の約3分の1に低下し、人間が滞在するだけで筋肉や脳細胞が徐々に壊死していく「デスゾーン(死の地帯)」に入ります。いかに商業ルートが整備されていようと、悪天候や雪崩、渋滞による酸素切れが発生すれば、現代の最新装備を身につけていても数時間で死に至る過酷さに変わりはありません。
視点を地球の外側へ転じると、太陽系スケールにおける「高さの極限」が見えてきます。火星に存在する宇宙一高い山オリンポス(オリンポス山)は、周囲の基準面からの高さが約21.2km(21,287m)に達し、エベレストの海抜高度の約2.4倍を誇る太陽系最大の火山です。火星には地球のようなプレートテクトニクス(地殻の水平移動)が存在しないため、マグマの噴出点が数億年ものあいだ同じ位置に留まり続け、莫大な溶岩が積み重なることでこの超巨大な楯状火山が形成されました。裾野の直径は約600kmにも及び、仮に火星の地表に立って山肌を見上げても、山体が大きすぎて地平線の彼方に消えてしまい、全貌を一つの視界に収めることすら不可能な規模です。