水戸黄門の助さん格さんの違いとは?歴代俳優一覧と実在モデルの正体

水戸黄門の助さん格さんの違いとは?歴代俳優一覧と実在モデルの正体

水戸黄門の助さん格さんの違いとは?歴代俳優一覧と実在モデルの正体について押さえておきたい 注意点を厳選して解説いたします。

ドラマでは無敵の剣客と怪力無双の武士として描かれる助さん格さんですが、歴史的事実に基づいた実在モデルの正体は、まったく異なる人物像でした。

二人の実在モデルは、徳川光圀が水戸藩の威信をかけて推進した一大国家プロジェクト『大日本史』の編纂作業を統括した当代最高峰の儒学者です。

  • 助さんのモデル:佐佐宗淳(さっさ そうじゅん / 通称:介三郎)
    1640年生まれ。京都出身の儒学者で、若くして学問の才を光圀に見出され水戸藩に仕えました。大日本史編纂の総責任者(修史総裁)として全国各地を精力的に巡りました。歴史記録によると、佐佐宗淳は型破りで豪放磊落な性格で知られ、酒を愛し、旅先で学者たちと激論を交わす熱い情熱家でした。この人間味あふれる気質が、ドラマにおける「軟派で人情に厚い助さん」のベースとなっています。
  • 格さんのモデル:安積澹泊(あさか たんぱく / 通称:覚兵衛)
    1656年生まれ。現在の福島県いわき市出身。幼少期から秀才として名を馳せ、佐佐宗淳の後を継いで修史総裁に就任しました。極めて温厚で誠実、緻密な考証力を持つ学者肌で、光圀からの信頼も絶大でした。晩年まで水戸藩彰考館の中心として編纂事業を支え続けた謹厳な姿が、ドラマの「真面目で几帳面な格さん」の原型です。

つまり、史実における「水戸黄門の諸国漫遊」の真相は、光圀自身が諸国を歩き回ったのではなく、佐佐宗淳と安積澹泊ら優秀な学者たちが、歴史書編纂に必要な古文書や寺社の記録を調査・収集するために全国各地を行脚したフィールドワークでした。その史料収集の旅で遭遇した各地の逸話や学者の武勇伝が講談や歌舞伎の題材となり、後世の創作を経て「悪を懲らしめる名コンビ」へと昇華していったのです。

田中 結衣
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田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。